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東京高等裁判所 昭和57年(く)50号 決定

主文

本件異議の申立てを棄却する。

理由

本件異議申立ての趣意は、被告人名義の「抗告書」と題する書面に記載されているとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、被告人は、原判決言渡し後の昭和五六年一二月七日、原裁判所により保証金額を一二〇〇万円とする保釈許可決定を受けたが、右保証金額は高額に過ぎて不当であるから、右決定を取り消したうえ、保釈保証金額を被告人において納付可能な原判決前の保証金額(八〇〇万円)程度とする保釈許可決定をなすことを求める、というのである。

所論に対する判断に先立ち、本件不服の申立てが刑訴法四一九条所定の抗告にあたるのか、それとも同法四二八条二項所定の異議申立てにあたるかの点について判断する。

記録によれば、被告人は、昭和五六年一一月一一日静岡地方裁判所において詐欺被告事件について懲役三年の実刑判決を受け、同月一二日控訴の申立てをしたこと、その後弁護人のした保釈請求に対し、原裁判所は同年一二月七日、保証金額を一二〇〇万円とする保釈許可決定をしたこと、本件訴訟記録は翌五七年一月二一日に控訴裁判所である東京高等裁判所に到達したこと、ところが被告人は右保証金額を調達、納付することができなかったので、同年三月三日になって、東京高等裁判所に宛てた「抗告書」と題する前記所論のような内容の書面を原裁判所に差し出したことがそれぞれ認められる。ところで、(一)原裁判所は、控訴の申立てがあったのちは控訴裁判所に代って勾留に関する処分をなすものと解すべきところ、訴訟記録が控訴裁判所に到達したのちは、原裁判所は勾留に関する処分をなす一切の権限を失うのであって(刑訴法九七条二項、刑訴規則九二条二項、四項)、先にした勾留に関する処分について刑訴法四二三条二項前段所定の抗告申立てに基づくいわゆる再度の考案により決定を更正することは、事件の係属する控訴裁判所の権限を犯すことになって許されないものというべきであること、(二)このように、訴訟記録が控訴裁判所に到達し勾留に関する処分をなす権限が控訴裁判所に移行したのちに、本来控訴裁判所がした勾留に関する処分についてその当否を判断する上訴裁判所ではない抗告裁判所が、原裁判所の行ったものとはいえ、現に控訴審に係属する被告事件の勾留に関する処分の当否を審査し、抗告に理由がありかつその必要性がある場合に、更に勾留に関する処分をするというのも、やはり控訴裁判所の権限に介入する結果となるので許されないというべきであり、他にこれをなす権限のある裁判所としては、異議申立裁判所以外には考えられないこと、(三)原裁判所の行った勾留に関する処分に不服申立てをする前に訴訟記録が控訴裁判所へ到達したといういわば裁判所側の内部事情により、原裁判所のした勾留に関する処分に対し当事者の側からその是正を求める途が閉ざされることになるというのも相当ではないこと、以上の点に鑑みると、控訴の申立てがあったのち、原裁判所がした勾留に関する処分に対する不服申立ての方法としては、訴訟記録が控訴裁判所に到達したのちは、抗告の方法によるべきではなく、原裁判所のした勾留に関する処分を控訴裁判所がしたものと看做し、これに対する異議申立ての方法によるべきものと解するのが相当である。そうすると、被告人は本件不服申立ての書面に「抗告書」と題し、これを原裁判所に差し出しているが、右申立てをした被告人の本意は右保釈許可決定の当否について上訴裁判所の判断を求めることにあるものと認められるのであるから、本件不服申立ては刑訴法四二八条二項所定の異議の申立てとして取り扱うのが相当である。

そこで、前記被告人の所論について検討すると、被告人に対する罪となるべき事実は、被告人が共犯者一名と共謀のうえいわゆる取込み詐欺の方法により前後一八回にわたり合計五〇〇〇万円余りにも及ぶ酒類を騙取したというものであり、被告人に対する原判決の量刑は懲役三年の実刑となっていること、被告人が共犯者との共謀の事実及び犯意、犯行に関与した態様・程度等を極力争っており、関係証拠の中にはその証明力の評価がかなり微妙かつ困難なものもあること、被告人はいわゆる金融ブローカーを生業としており、かなり高額の資金調達能力を有しているほか、既に担保価値の上限まで抵当権を設定しているとはいえ、時価一億数千万円にも及ぶ不動産を所有していること、現に原判決前に保証金額八〇〇万円で保釈されたときには六〇〇万円を現金で納付していること(二〇〇万円は弁護人の保証書)、被告人は妻子がありながら別の女性と同棲するなどの家族との関係にも問題があること等、記録にあらわれた一切の事情を総合勘案すると、原裁判所が本件保釈許可決定において、制限住居を大阪府吹田市《番地省略》ハイツ○○×××号とするとともに一二〇〇万円と定めた保証金額は、被告人の出頭を保証するため相当な金額ということができ、この金額が不当に高額であるとは認められないから、論旨は理由がない。

よって、本件異議の申立ては理由がないから、刑訴法四二八条三項、四二六条一項後段によりこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 杉山英巳 浜井一夫)

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